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 深見五重の塔 (大分県宇佐郡安心院町)    site up 2004/05/20
深見五重の塔_1
現地で突然であった標識に導かれる、とはこのことだろう。まったく意識してなかったのだが、深見五重の塔という看板が目にとまり、それが宣伝広告的標識ではなくて、公共性を感じる標識であったことが私をよりその気にさせた(笑)
ということで、先日ご紹介した東椎屋の滝に訪れる際に急遽寄り道したのが、今回ご紹介する深見五重の塔である。五重塔はお寺の特徴的な建物であるが、日本各地お寺は多しとは言えども、五重塔が建てられているところは非常に少ない。その存在があるというだけで、おおっ行ってみようかなって気になるから不思議だ。ま、建築美を感じるしね。
訪れた日はあいにくの天気、午後からは雨は上がり晴れ間も見られるでしょう...となっていた天気予報は非情にも外れ、小雨がまだパラつく状態。まだまだ予報精度には向上が求められるね、って強く思うところだ。
この五重の塔は、定樹山大建寺深見五重塔が正式名称である。そんでもって驚くのが、この五重塔が一人の寄付によって出来たということ。地元安心院出身の故糸永貞樹氏が、地元への感謝の意から私財を投じて五重塔を寄贈、そればかりでなく、国宝級の美術品も収められるという美術館(予約要ながら無料)や、五重塔を眺めて入浴できる温泉センター等を財団法人ユフ福祉センターとして寄贈している。凄い方を育んだね安心院町と思う。五重塔は昭和58年4月15日に完成している。
糸永貞樹氏は明治28年生まれで、18歳で上京して一代でユフ精器株式会社(医療機械の会社)を設立した人物。ユフ精器株式会社は、2001年度には年商50億円を超える企業となっている。これだけの企業に育て上げる礎【いしずえ】を築くには、想像を絶する苦難を乗り越えたに違いない。その経緯の中で地元に感謝の念を抱く思い出があるのかな、一般人には驚きである。
深見五重の塔_2
深見五重の塔_3 深見五重の塔_4 深見五重の塔_5
駐車場付近の様子 重文級や国宝級ですよ、気になる 温泉施設の入口の様子
深見五重の塔_6 標識に従い国道500号線から県道50号線に入って南下、途中あまりにローカルな道路(失礼)を抜けることになるが、行く手に五重の塔が見えてくると安心する。
駐車場は五重の塔温泉と共通でお土産店もある。小高い丘にあって、お寺から東へはすぐに丘を下るような場所で、お寺としての表参道はこちらになる。麓の集落から登ってくるとお寺がある、というのが本来のイメージである。駐車場はお寺の裏手にあるような感じなので、観光客にとって参拝ルートはこちらがメインになるだろう。温泉の横、農園の横を経て、ユフ福祉センターと美術館がある建物前を通過、その付近に先述の故糸永貞樹氏の銅像がある。そして五重の塔に続く。でも駐車場からすぐの距離だ。
この大建寺は、平安時代から鎌倉時代に栄えたお寺ということだが近代は廃寺に。そこに糸永貞樹氏がその伝統に相応しい姿にと五重の塔を造ったのだが、他に山門と鐘と高さ10mに達する白御影石一本彫りの平和観音像がある静かな境内である。
五重塔は木造であるが、内部には鉄骨による補強がなされているようだ。鉄筋コンクリート製の巨大な五重塔もある中、木造は古【いにしえ】の文化を守っているようで、鉄骨補強とはいえ個人的に好感を抱くなぁ。
五重の塔は年に1回、内部を公開されるという(いつかな?)。1層内部に安置されるお釈迦様像や仁王像等を拝観することができるのだそうだ。ちょっと興味があるね。
ちなみに五重の塔であるが、これは仏舎利塔【ぶっしゃりとう】の変化した姿。仏舎利とはお釈迦様の遺骨の一部であり、五重塔では、建物中央に心柱と呼ばれる柱があり、その柱の土台部分に遺骨は収められているという。
日本には三重塔〜十三重塔があるそうだが、基本的に何層であっても問題なく、要は仏舎利を風雨から守るための屋根なのだそうだ。仏教と日本文化の融合した姿と言えるんだろうね。
京都の国宝「醍醐寺の五重の塔」をモデルとして、平安様式を伝える高さ約28mの朱色の鮮やかな姿、深見五重の塔。右写真のように、私も写真しかとってきてませんよ(笑)。このフレーズ、ちょっとお気に入りな私...
深見五重の塔_7

 関連リンク 安心院町ホームページ  
   

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