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 臼杵の石仏(磨崖仏【まがいぶつ】) (大分県臼杵市)    site up 2003/07/11
臼杵の石仏1
臼杵の石仏(臼杵磨崖仏【まがいぶつ】)といえば、大きな像から頭が落ち、像の前に頭部が置かれている光景がよみがえる。その光景が、言わば臼杵の石仏という印象を強く与えていたのではないだろうか。穏やかな表情の頭部が、仏体の全面台座に離れて置かれる姿が異様でないことはなく、初めて見ると確かに驚くだろう。お子様が薄ら明かりの中に突然対面すれば、失礼ながらトラウマになるほどの衝撃がないともいえない。そんな光景であった。
ところがである。そんなことを心配してか、または巷で発生するとんでもない事件に悪影響を与えてはいけないとの判断か分からないが、頭部の姿が印象的で親しまれていた、ここ臼杵石仏群を代表する大日如来像が、平成6年に保存修復を受け本来の姿に戻られた。これに合わせて、雨の浸食から守るための建物も建て直しされている。
右の写真が以前の姿。この姿は世界的にも有名だったという。
これまでも国指定特別史跡、国指定重要文化財であったが、この修復を受けて磨崖仏では全国初、彫刻においても九州初となる平成7年6月に国宝の指定を受けている。特別史跡指定もそのまま残っている(だろう)から、直木賞と芥川賞のようなビッグネーム受賞二冠達成といったところ。
<文化財についてまとめました>

九州に数ある中でも石仏、磨崖仏と言えば臼杵と言われるほどの大御所スポットである。
ちなみに臼杵の人々はお餅と由縁があるのだろうか、臼【うす】と杵【きね】という街名だから…と思って調べたらそうではなくて、臼杵市稲田にある臼塚古墳の入口に立っている石人が、「臼」と「杵」の形に似ており、「うすきね様」と呼ばれていたものが臼杵【うすき】となったのではと紹介されている。
臼杵市ホームページ(「臼杵市観光案内」→「臼杵の歴史」参照)
日本一、臼と杵の職人が多いとか、餅が文化に溶け込んでいる、などの由来でないのがちょっぴり残念(編集注:なんでだよ)
臼杵の石仏2
臼杵の石仏3 阿蘇熔結凝灰岩地帯にある臼杵石仏、熔結凝灰岩【ようけつぎょうかいがん】とは、高温の火山灰が大量に厚く積もり、その内部で再び融けた後に圧密されて生じた岩石のことで、通常の岩石に比べ軟らかく加工がしやすい反面、軟らかいために雨風による浸食を受けやすい。ちなみに凝灰岩は火山灰のみが固まった岩であるが、熔結凝灰岩は溶けた小石と火山灰が混じり岩となったものをいう。後者はバラス(砂利)を入れたモルタルのような関係で、前者よりは結合が強固かもしれない。
石仏などの彫刻が多いのは、彫りやすい熔結凝灰岩地帯である面が大きく関係していると思う。

写真に写っている建物が、石仏がある場所。左が大日如来像がある古園石仏、右がホキ石仏第二群を雨より守る建物である。
さて、いよいよ観覧券530円(2003年7月時点)を求め、山へと向かう。
訪れた際には早朝よりボランティアの方々による一斉清掃が行われていた。地元の方々のこのような協力が、綺麗に整備されている源であると思う。なお、ボランティアの方が観光客に説明しながら一緒に廻るサービスもある、いろいろなお話を聞けると思うが訪れたのが早すぎて申し込みは出来なかった。いささか残念である。
一言に臼杵の石仏と呼んでいるが実に多くの石仏が存在している。知らなかった。さすがに例の大きな石仏だけではないだろうとは思っていたが...。ホキ石仏第二群、ホキ石仏第一群、山王山石仏、古園石仏と大きく分かれ、合わせると59体にも及ぶ。さらに周辺地区にも石像が点在する。
臼杵の石仏4
臼杵の石仏5 まずはホキ石仏第二群である。写真はその中で最も存在感のある中尊【ちゅうぞん】阿弥陀如来像である。ちなみに中尊とは「中心をなす」というような意味で、ここでは中心に位置する阿弥陀如来像のことである。仏教用語であるので、「オレはクラスの中尊だ」などと言っては意味なくまた恐れ多いだけである。
話を戻そう、中尊阿弥陀如来像は平安時代後期の作と言われ、「毅然とした表情は彫技の冴えを感じさせる傑作」とパンフレットにある。臼杵石仏の中でも最も優れた石仏のひとつであるらしい。確かにキリリとした表情は、彫刻技術の高さを感じるものだ。近年でこそ屋根を作り雨による浸食を防いでいるが、よくぞ平安時代から姿を保っているものだと感心もする。
ホキ石仏第二群には、中尊阿弥陀如来を始めとする阿弥陀三尊像に、やや小柄な9体の阿弥陀如来像である九品の阿弥陀像がある。
臼杵の石仏6 臼杵の石仏7 臼杵の石仏8

少し登るとホキ石仏第一群である。ここにも多くの石仏が並んでいる。
地蔵十王像は、中尊に地蔵菩薩、両脇に5体ずつの十王像を配している。片ひざを立てた姿の地蔵菩薩は古い様式で珍しいとのことであるが、確かに仏像で片ひざを立てているのは私の少ない記憶にはない。鎌倉時代の作。
さらに如来三尊像が3体(合計9体)並んでいる。いずれも平安後期の作とされるが、台座には願文や経巻を納めたとされる円や四角の穴が開いている。
彫刻方法も凝ったものから簡素化されたものまで見受けられ、下左写真が傑作と呼ばれる如来三尊像である。確かに表情には繊細さが見受けられ、さもあらんと思う次第だ。
臼杵の石仏9
臼杵の石仏10 臼杵の石仏11 臼杵の石仏12
臼杵の石仏13 山王山石仏である。
こちらの像、中尊に如来坐像、左右にも脇尊として如来坐像を配する珍しい形式とのことだが、私はホキ石仏第一群にある如来三尊像とどういう点が違い、どこが珍しいのかと素人的にも悩むところである。素人目には全体的に同じでも、実は大いに異なりけりということなのだろう。
中尊の如来坐像は、どことなく幼い表情で見ていて心なごむものがある。こういう彫刻などはそのときの作り手の感情が乗り移るという(少なくとも私は思う)が、この彫刻をした人は、きっと私生活でも満足な幸せを感じつつ彫刻をしたに違いない、と少し安易ながら感じるところだ。平安後期の作。
呪いの人形と呼ばれる怖い怖い人形などは、多分に恨みを込めて作られたと思えば、こちらとは対極の存在と思う。
臼杵の石仏14 臼杵の石仏15 臼杵の石仏16
古園石仏と呼ばれる一群、ここに最も有名な大日如来像がある。そう例の頭部が落ちていたのはこの大日如来像であるが、ご覧のように今では立派なお姿に戻られている。
古園の石仏群の体半分は、残念ながら岩でない部分があり、腰部分から下は浸食により形がないものがほとんどである。

素朴な疑問を持っていた。これだけの質量を持つ頭部が以前落ちたのだから、割れても不思議ではなかったのではないか...と。しかも軟らかい熔結凝灰岩である。ところが、腰部分より下部が岩でないということで、適度にその土がクッションとなっていたのかもしれない。だが、なるほど!と納得するには早計だろう。3mほど落ちてさらに転がったと仮定すれば、大日如来の顔が無傷であったのは奇跡ではないか。よくぞご無事で、と見上げてしまう。
臼杵の石仏17
臼杵の石仏18 パンフレットによると、「切れ長の目に引きしまった口元が極めて端整で気品ある表情を作り、各方面から限りない絶賛を受けている。」とある。正直、鑑定家のように多くの仏像を見てない私の貧しい目では、どこがどうなのかは失礼ながらわからないところだが、やさしい表情というよりも二枚目といった整った表情であると思う。女性で言えば、カワイイというより美人かな、という感じだろう。また線が太いために、男性的で力強い表情に感じる。

1月、5月、9月の祈祷に良いとされる月の下旬には、特別祈願法要が行われる。ここにおいてある御祈願用紙に書いて投函すれば法要祈願を行ってもらえるようだ。縁結び、リストラ除け、合格祈願などご利益がある模様。直接ご利益とは関係ないだろうが、名付けるなら「国宝祈願」。なんだかいい響きである。
臼杵の石仏19 臼杵の石仏20 臼杵の石仏21
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臼杵の石仏22 臼杵の石仏23 臼杵の石仏24
まずは身を清めてから... 静かな中のホキ石仏第一群 有名な大日如来像
 関連リンク 臼杵市ホームページ 臼杵市観光情報協会
   

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