北野天満宮は商店街に面してあり、町民に慕われている様子が分かる。参道が伸びているがその両側にも商店が連なる。
先述のように歴史は古い。案内板より建立は天喜2年(1054年)とされている。その後数度建物は崩壊している。まずは源平の騒乱にて破壊されたそうだが、その後源頼義、頼朝が社殿を寄進したとされる。その後戦国時代にも戦火に焼失したが、山本郡吉永の城主藤原重永によって再建。がしかし、豊臣秀吉の九州征伐時に没収される。これを、1654年に久留米藩主有馬瓊林【ありまけいりん?】が社殿を改築、その後楼門、池や橋などに手が施されて現在の姿になったとされる。
楼門はやや色あせたようにも見えるが、なかなかインパクトがある。木々の素材の色合いを残す楼門が多い(と思う)なかで、柱が朱色までは記憶にあるがこのようにほぼ全てが朱色に塗られているのは少ないように思う。
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